読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

悠々blog

アイドルとかについて

アイドル×オルタナティブロック

最近、個人的にオルタナづいているので、アイドルでオルタナティブロックやってるなーっていう曲たちをピックアップしたくなった。

 

BiS「BiS」

 

おやすみホログラム「ドリフター」

 

タルトタタン「プロ・デューサー」


Hauptharmonie「瞬きのsummer end」


あヴぁんだんど「Feedback Friday」

 

ヤなことそっとミュート 「see inside」


里咲りさ「ボーンブレイクガール」

 

ぜんぶ君のせいだ。「ねおじぇらす✡めろかおす」


BELLRING少女ハート「c.a.n.d.y.」


ゆるめるモ!「Only You」


 

この間読んでメチャクチャ面白かった、南田勝也『オルタナティブロックの社会学』(2014、花伝社)より以下、引用。

 

さて、こうして一九九〇年代以降のロックにおけるノイズの重要性を論じてきたわけだが、その変容が生みだしたものは、より騒々しい音楽が増えたということにとどまらない。倍音、残響音、不協和音などの歪んだノイズが楽曲に覆い被さる音楽は、これまでのスタンダードナンバーのように譜割りに従って完結する楽曲とは異なるサウンドを生みだした。そもそもノイズは譜面に表現などできないのだ。(中略)さらに、それは同時に、楽曲をパートで切り分けることに適さない、トータルで捉える必要のある音楽ということでもある。たとえばメロディのみ、歌詞のみ、ギターソロのみで、楽曲を説明もしくは紹介したつもりになることはできない。(p.60)

 

ただし、一点付け加えておくと、Jポップはあくまでも歌モノが中心の音楽文化だということである。ボックス型カラオケの発展と軸を一にして発展したJポップには、歌がのる親しみやすいメロディがあり、音楽的要素のメインは歌唱が占めている。それはバラードかテンポの良い曲かということとは関係なく、また、バックトラックがダンスでもロックでも同様である。(中略)サウンド全体を聴いていると自負する根強い洋楽ファンは、テレビの歌番組に出演するミュージシャンを「Jポップ(笑)」となじったりする。それは「タイアップがついた売れ線の曲」を批判する意図だけではなく、「いつまでも歌とメロディが中心の曲」を揶揄する意味合いが含まれているのである。(pp.171-172)

 

なんだかんだいって、ここ何年もずっとAKBが覇権をとってきたぐらいなので、アイドルは歌モノ中心、という見方が依然として強いかもしれないけど、おそらくBiS以降、オルタナティブロックを踏まえた流れも確実にある。

 

「波」から「渦」へ、「表現」から「スポーツ」へ(鑑賞から体感へ)、そうしたオルタナ以降のロックについての筆者の見取り図に想起させられたのは、ある種のアイドル現場だ。

 

音圧を高めてノイジーなギターでリフを刻むオルタナティブ以降のロックは、身体を激震させることに特化したかのようなサウンドで、ライブ会場に音の渦を生み出し、聴衆を忘我的な踊りと汗まみれの興奮に誘っている。(p.142)

 

まあ、歌モノで何が悪い!という意見も分かる。素晴らしい歌は素晴らしい。歌を引き立てる演奏のカッコ良さというのもあるし。(最近、歌謡曲バーに行って、隣の席に座っていたオッチャンに教えられた)

 

ただ、色んな価値観が並存している状態は面白い。